つづき
ここでは祈りの途中(もしくは山神供養が終わってからか)、数人の参拝者がいらっしゃいました。
自分達の祈りは長いので、一旦、祈りの場を譲り身をひく。
参拝者の方々の邪魔にならないように、またここは想いを途切れさせることなく集中して祈りたかった理由もございましたが、、、、山神様の供物は並べたままでしたので、参拝者の方々も何かあるのかと驚かれたことでしょう。
神示 洞水
古を紐解けば、偉大なる神の御心によって
多くの者が生かされ、多くの者かこの世から亡くなり、
それを今もなお見続けせめて苦しき想いあるものには
痛めた部分を施しやすらぎ鎮め、
荒ぶった魂もつものも静かに慰撫し、
いづれその者達の基あって平和な世がきますと
口々に申してみても、今の世をみて心騒ぐは
私どけではありますまい。
此度は改めニニギ殿に立って頂きニギハヤヒ殿と
つながります祭り、私一人では限りあっても多くの
集いし神の力を集め説得して、
私の社はこの地のヒナ形こわれかけ、
またそなた様達申す結界とよんでおるもの敷きなおし、
心おだいに安らけくシメナワ張り直した事にも
ございます。
少し間をおけば別の神々も口を開かれましょう。
まずはご苦労様と申し伝えましょうか。
八女津
神示 Y
さて、このたびのそなたらの事挙げ、思いしっかりと届いておるよ。肩肘張って力入れることはないが、気楽にするというでもない。其方が先日申したように、時には強い思いで先につないで行くことかの。そなたが心配せずとも思いある人は育まれておるし、其方らの思い、神々の思いは波のように伝播してゆくもの。一つ一つ手伝うてもらうことあるが、共に歩んで参ろうぞ。今日の決意、思いわすれずにそなたの真ん中におること望んでおる。
ニニギ
この地を治めて長い年月が経っております。人は生きている以上、争いは絶えることなく、現在でも戦いの形は変われども、血は流れております。戦いの形は変わっても、理由は変わらず、心変わらぬかぎり終わることはありません。其方らの平和を思う心、数少なくとも持ち続けてください。人を愛し、自然を愛し、他を思う心育めば、その事が己の幸せにつながること覚えていてください。
八女津姫
神示 洞水
さての、いくら尻を叩いてもなかなか進まぬが
今の時の、人の特徴とでもいうてはおくが
そう事態や時代は笑って済ませられる
ものでもなくての。
結局は、誰かが紡がねば先には進まぬしの。
それを誰かがやるだろう、己ではなかろうと時々、
心で浮かべては過ぎれば早い人の世を想い残して
去るのもひとつの罪といえばそうなるが。
洞水にいくら頭を柔らかくと申しても、
心だけは豆腐のように柔らかくし過ぎて、
これではいづれ形もなにも崩れようしの。
しかし、頭の芯はまだ固くもあり、
この前の集まりも遠くよりは眺めみておったが、
神との祭りとしても冷たく申せば、
鶏が先か卵が先かと、それぞれが己の頭の中身を
広げ知識を持ち出し、まこと無駄な時間を流して
おるだけの話での。
神の祭りとは、未来でもなく結果でもない。
いえば、己らの魂の熱量によってかたまれば散り、
散ればかたまる雲のようなものでの。
それでも1人1人の心をみれば、
寒さに身をかためながらいろいろな己の理屈を
こねてもそこには春のそよ風も、
熱き魂を焦がす熱風も感じておること違いなく、
ここまでわしが口を開くにはぬしらを信じる
心もあって、また真の神々の光を通すに
ぬしらの魂しか見当たらぬが良いか悪いか、
まことの話での。日が昇れば、
また新しい力も加わってこようし、
今は大切な時、風邪だけはひかぬよう
あたたかくしておくことじゃよ。
天神さて山本殿、己の生きてきた道のりの意味を知り、
高江殿、己の魂の力の出口を知る。
赤穂殿、己の広さを知れば高さも自然、
ついてくる。今はそれぞれ加えるよりも、
洗い流して祈りの中で素の心を見つけだせば、
また光り方も変わり照らされし道も家族も
変わってこようて。
今はそこまでしか話せぬよ。
天神慌てぬこと。考えねばならぬが、
考え抜いて気づける頭ではあるまい。
迷えば、のんびりと自然に心を浸せば、
そもそも初めよりあったことに気づく。
わしのように頭をからっぽにすればよく、
考え疲れ想いつかれても行く先が
同じなら時々は行き方に頭を使えよ。
久延彦わしはの、ぬしらが想像もつかぬ昔より
待っておる。
それだけしか今は伝えぬ。
ニギハヤヒ時が急いておる時。神々は、
あなた様たちを想うて急くなと
伝えくれておることのみ。
人である以上、亡き人の念に惑わされるのは
世の常でございましょうが、
では肉体もって生きているあなた達と、
肉体なく思念体のみの人との差とは、
動けるか待つのみか。何かを与えられる
存在であるか、何かを求める存在か。
生み出すものか、受け取るものか。
決してその存在は、ないがしろには出来ませぬが、
知恵だけはお貸しいたしましょう。
情の水を注ぎつつ、それぞれの者、
その器のカラクリを学びなさい。
弁財天さてさて、情はかとう閉めて錠をまもる。
緒方の性格はぬしらが一番よう知っておろう。
緒方よりはじまった祭り、
わしが残した塩の道とは怡土であり、
一本の白い糸での。見事つかんでみせよ。
塩クモというてもクモではない。
わしよりみれば暴れる南の龍神での。
またこれも龍神である八大龍王殿が
今はおさえておるでの。
日が傾く14の時が限刻だとおもい定めよ。
ご神名なし
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