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令和の慰霊祭 ①

  • 2020-03-26 (木) 20:37
  • 神祭

令和2年1月26日。

師の三年祭を当時自分たちが拠点とした神社で行おうと、数人の兄弟子たち、そして今現在、神祭を一緒に行ってくれている仲間内に連絡してしめやかに執り行わせて頂きました。数人で持ち寄ったお供え物を供え、祈りの後、お墓にいってまた祈る。

師匠はこの世から居なくなったんだ、との改めての実感と・・・お墓は山の頂上付近の海が見渡せる場所にあり、青空と海の碧と山の緑の美しさに心奪われながら、周りをみればここまで付いて来てくれる、、、、まぁ、自分の徳ではなく師匠の徳なのですが(汗)、、、、、神祭仲間をみて内心、感動していました。

この日、実はこの神社で行う三年祭りの、みんなに隠していたもう一つの「理由」があって。

その理由を書くには、少し時間を遡ります。

「師匠が亡くなって、気持ちは充実してきたんですが神祭の命が下らなくなりました。。。」

令和も2年目に入り、ようやく1年間で一番の繁忙期を過ぎ、2月の節分祭を終えて一息ついていた時。

福岡に戻られた兄弟子の一人と酒を飲みつつ、愚痴をこぼす。

「なんだ、そんなに祭りがしたいのか?それなら祭りをするか?・・・実はね、、、、」

聞けば、引くことは出来ない祭り。

それでも、それを行うには許可が必要。

それでも、話を聞くか?今から断っても構わない。

中身がよく分からないまま、2つ返事で承諾するわたし。

話を聞けば、実は今、平安時代末期(1180年~)源平合戦(治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん))で亡くなられた源氏・平氏の方々が、またこの地に現れ色んな方々に影響している。これを慰撫することにより、与野党内での足の引っ張り合いが少しは解消し、スムーズにことが運ぶことになる。

・・・・とのこと。そして、

この祭りは約30年ほど昔、師匠がまだ若い時に1・2回は行った祭り。

それも、その時代の心ある方々がおおくのオニギリをはじめ、お供え物を作って必死に祈ったのを覚えている、、、、とのことでした。

師匠が仲間たちと行った祭り。

その後祭になるのか、新しい祭りの前祭か、もしくはその時代ごとに定期的に行わないといけない祭りなのか・・・・この祭りの立ち位置は良くわかりません。

ただ、一つの不安が・・・その祭りが今の自分のグループで、できるのだろうか?

一抹の不安はありましたが(最悪、一人になってもやれるだろうか?)すでに腹は決まっておりました。

「やります、やります。どんな祭りでもやらせて頂きますよっ!」

ノリが軽いと思われたのか、そもそも信頼されていないのか・・・・後からとって付けたような条件が出て参りました(汗)

「まずは夢でも何でもいいから、”天狗” や ”天狗に関わるもの” を見ること。それが神界からのお知らせだ。それから、八大龍王社へいって、自分が神祭をさせて頂く立場なのか、神様に問うこと。これで許可をもらったらやったら良いよ。」

言われた以上はその条件を満たさなければいけないんでしょうが、もうやると決めてた時よりやってる自分が想像できたこと。

そして、ここだけの話、天狗さんは今の仕事がら毎日のように見ておりますし(期間を決めて天狗の面が飾られるんですよね~)もうひとつの神様からの「許可」。

これをついでに1月26日の三年祭にぶち当てようと一人で画策、、、、、

ついででもなんでもないんですが、祈りに被せる要素が「神祭」ならば、師匠は絶対に怒らないはず(笑)

そして、1月26日。(命日は24日)

真剣に師匠に祈りました。そして、祈った後、一人でこっそりと慰霊祭の許可を求める。

この社、八大龍王社はもう何度も足を運んだ、海に囲まれ先の小島にポツンと佇む社。

昔は野良猫であふれ返っておりましたが、今は猫一匹もおらず、中身も若干変わりましたが(管理人の方曰く、ご神体が心ない者たちより盗まれたとの事。。。)手を合わせれば、師匠と二人や仲間内で祈った思い出がわいてくる場所。

その日は忙しい兄弟子の一人も一緒に祈ってくださり、また数年前の祭りから副祭主をつとめてくれ、最近筆書き特訓中のY君。大阪からわざわざ三年祭の為に来て頂いた大阪さん。そして、昨年の11月、電話鑑定の依頼で「実は洞水さんの師匠さまから何度も鑑定して貰ってました」と連絡をくれたT君。なにかピンとくるものがあって、T君にも良かったら来ないかと誘いのメールを送っていました。

自分の人徳のなさで人が少なかったんですが、それでも5人で楽しく(?)お祭りができ、ここからが

『源平合戦で亡くなられた方々の慰霊祭』 

のスタートです。

自分なりにいろいろ考え、時には神様に相談し、時にはY君と連絡を取り合い祭りの内容を決めることに。

その合間に、Y君に急遽、霊台になってもらう為に神々様に祈り、ようやく単語が浮かぶ状態に。Y君は根が真面目で人にやさしく、こちらの質問に単語を拾って書いてくれるだけで今は充分でした。

3月上旬。

Y君と知恵を出し合い、祭りの流れを決める。

源平合戦では、他の乱や戦も似たようなものでしょうが「一将功なりて万骨枯る」、安徳天皇の入水が今でも語り継がれている悲壮な歴史ですが、そこまでに行き着くには一体、何百人・何千人の罪もない方々が亡くなられたのか、、、、、、

未だに冷たい水の中に沈んでいる魂たちが少しでも楽になるように、また上の世界に行って下さるには、本来、数人の心からの祈りでも一人楽になれば良い方ではないでしょうか・・・・

ましてや赤の他人が祈り、当時その方々は栄華を極めた身分の高い方々も多い中、当時のならいとは言え何かを守ろうと命を賭けた方々に、今のぬくぬくと生活している自分たちの祈りが届くのか・・・・・・

そこで偉そうな表現にはなりますが、依頼された神様方々が手を貸して下さり、自分たち祈り手の縁ある神様やご先祖様方々、生きた人間の仲間がひとつとなって出来る「祭り」と呼ばれる「和合」。

オニギリは山の様に準備しよう、水から上がったら寒いはずだから温かくなる道具も欲しい、それぞれのお墓を模型で作ってみてはどうか、三種の神器の奪い合いだからこれも模型で作ってそれぞれに渡せば・・・・・・・・どこの場所で祈ればいいのか、どんな言挙げが必要なのか、どれ位の時間を見ていればいいのか・・・・・・

もう考えることが山のようにあってですね。

仕事のこと。家のこと。祭りのこと。祭りの内容に場所に、メンバーに言挙げに。合間にY君の霊道を開き、能力を磨いてもらい。。。。。

差し当たり、神祭資金不足解消の為、仕事の休みを利用して大阪に出張鑑定をすることに。

いろいろな物が固まってきましたが、現実は一向に具体的に進まず、何度かのアプローチでようやく祭りを指示してくれた兄弟子が掴まり、Y君との初対面も併せて打ち合わせがてら、飲みに行く約束を取りつける。

3月13日の金曜日(苦笑)

「神祭の相談があります~」

「話はするが、メモをもってきた方がいい。神様が今日、伝えるべきことは数が多い。

・・・・・ひょっとすると、祭りの内容が180°変わるかも知れない・・・・。」

「・・・げ。」

つづく。

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