神筆トップ > その他
その他 アーカイブ
出雲神國之御祭⑥
つづき。
「出雲神國之御④」で書いた中で、自分の心にひとつ引っ掛かりがございました。
それはRさんから頂いたキーワードの中で、「太陽の神がシビレをを切らしている」。これはひょっとするとT君の神棚にはまだ本当の守神様が定まっていないのではないか、、、、、と。
自分が弟子入りした時には、何度も師匠の手を借りて『守神様』を自分の心や神棚にお降り頂いた経験がありました。
自分が迷った時、筆書きを始めた時、大きなお祭りの前に、また思い上がったり、何かのきっけけで道を外れそうになった時などなど。本来は、本人次第で一生に一度でも良いかもしれない作法というか契約というか、式典というかけじめというか、学のない自分には適切な言葉が見当たりませんが、それを何度もやって貰った経験がありました。
中心となって守って頂く神様の「分御霊(わけみたま)」を少し頂戴し、玉石に入って頂き神棚で祀らせて頂く。
出雲神國之御祭⑤
- 2023-10-25 (水)
- その他
余談になりますが。
今こうして祭りの記録をまとめている中で、兄弟子のRさん・自分を除いて現在、筆書きできる山本君と去年から筆書きをはじめたT君の2人は「出雲神國之御祭」をはじめて一旦、区切りのついた9月3日までの間、神様から頂けた『筆書き』を時系列に並べてみると、守られる守護神さまから頂ける言葉の量の多さに驚いています。
もう4・5年前から筆を執っている山本君は、この祭りをきっかけに「出てくる言葉・頂ける言葉」の量が圧倒的に多くなってきている事に気づく。T君も同様、最初は一行二行しか言葉がでなかったのに、今ではスラスラと筆を走らせる。
この筆の内容に、「正・誤」は存在せず、神様が個性をもたれ「一柱」として祀られてから、それぞれの神様はそれぞれのご意見やお考えがある。と自分はそう認識しておりますので、ここに正誤は持てないのが人間としての常識だと考えております。(例外はありますが、またいづれ)
本来、自分たちのなすべきことは、
『神祭りをスムーズに、出来る限り日本や世界の平和を願う神様と歩幅をあわせて進めていく。良い祭りの完成を目指す』
を第一に置いておりますので、神様のいる場所(立ち位置)はその人間の一番、底の底に座す、理性を超えた場所にあるその魂の一番崇高な部分、感情や情念の部分である。と定義した場合、それは自分たちの表面意識に影響を与え・与えられる関係性があったとしても、そう易々と人間の一生の中では変わることのない場所や部分だと思います。
五柱の神の祭り 拾漆 ーあとがきー
- 2014-09-25 (木)
- その他
「五柱の神の祭り」あとがき。
今回も長々と読んでくださりありがとうございます。本当は気持ちがノッている時に一気にすべてアップしたかったのですが、これも私生活の事情で難しく・・・・・今からもまた死ぬまで、神々様とのお付き合いは続いていくとは思いますが、これも記録として残していくのが目的なので、乱筆乱文をお許しください。
またコメント欄はなにか感想でも残してくれたらありがたいのですが、時間の都合上レスは返さない方針ですので今回は以前から多かった 「人の祭りとはなにか?」 をわたしの考えとまじえて残させていただければと思います。
天宮十二宮 桜の神祭 ⑩ 感想
- 2009-07-15 (水)
- その他
前回で 『天宮十二宮 桜の神祭 炎の女神の巻』 は終了いたしました。
振り返ってみますと今の私達の神祭と、たった10年の月日ですがこれほどまでに変わるのかと・・・・・少し切ない気持になりました。よく私が話す時に伝える事があります。『供養とはお墓の場所一つ捜す所から、花を買い供物を買いに行く所からすでにはじまっているんですよ』 これを神祭にたとえると、神々様の第一声が降ってきた時からすでに 「神祭」 ははじまっています。どんな供物をどこで手に入れるのか?指定のある神社をどういう経路で日数内で回るのか?神々様の言葉をどれだけ拾ってどういった祭りにするのか?・・・・・・またその中で最後の師の言葉でもあったように、結局は人間のやる事。人間同士のドラマ・・・・と言えば聞こえはいいのですが(苦笑)、人と人が接する時にはそこに愛憎も喜怒哀楽もあり、仲間同士だから解りあえる事・仲間同士だから反対に解り合えない事など・・・・・・人間とは忙しいものですがその中の一瞬で心を一つにする、協力しあう。これが神祭と同時に行われる、「人の祭」だと私は思っています。
天宮十二宮 桜の神祭 ① 炎の女神の巻
- 2009-06-12 (金)
- その他
今から綴らせて頂く物語は時は1999年、今より約10年前のお話です。当時、私は師に弟子入りしたばかり・・・・それぞれ個性があっても頼りになる大好きな兄弟子方の末席に加えさせて頂きまして師が祭主を務めたり、当時は兄弟弟子の中でも最年長にあたるNさんが祭主を務めて頂いてた頃の話です。一番、年下だった私ははじめて「神」という存在に触れ、まだまだ右も左もわからず天津祝詞でさえウロ覚えの時でした。師や兄弟子達にからかわれながらもすごく可愛がって頂いた記憶があります。その時に師が簡単にまとめてくれていた神示の記録書をお借りし、少しでも神々様のお考えや想いが皆さんの心に響いてくれればと願いここに綴らせて頂きます。
わたしが知る限りでは9年前より同一のご神名が数多く出てこられますがこの神々の個性はひとつも変わる事なく、また今読み返させて頂いても言葉ひとつ色あせることなく、懐かしさと共に私の心に響いてきます。もう10年前の話、また私自身がつけた日記ではないので所々意味も分からず話も飛ぶ所が多いとは思いますが、これもひとつの形として残しておきたいと思います。
神筆トップ > その他
- 検索
- Feeds
- Meta
- 神筆携帯版
-
- カウンター
-