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神祭 アーカイブ

令和の慰霊祭③

つづき。

3人で宗像大社に到着。

朝早い時間帯なのか、コロナウィルスの影響か、駐車場には車がほとんど停まっておらず、朝拝を終えた神職さんや巫女さんがズラズラと本殿から祈祷殿へ移動する中、すれ違いざまに挨拶を頂きとても気持ちの良い1日でした。

手水を使って手を洗い、口をそそぎ、今日1日の良き日にまずは感謝。

祈りは時間がかかるかと思い、他の参拝者に迷惑はかけたくないので周りの状況を確認しながらいざ、本殿へ。

拝殿の改築も終わり、昔の良さを残しながら(昔は賽銭箱前にベンチが並べてあって、座ったまま祈れた)「世界遺産」の名に恥じない立派な回廊を眺めつつ、賽銭箱前へ。

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令和の慰霊祭②

つづき。

3月13日。

兄弟子、Y君、わたしと3人でコロナウィルスが流行る中、とりあえず乾杯。

そもそも、神祭の話が出た時にはコロナウィルスの話もなく表面上は平和でありました。

「供養を待っている。現在に源氏合戦が復活し、その影響が表(ここで言う人の界)に出てきている。きちんと供養ができれば、与野党の足並みが揃う。」

なんのことか良く分からず、慰霊祭が自分たちでさせて頂けるならと思ってやり始めた神祭でしたが、兄弟子の言葉が妙に現実味を帯びて参りまして、、、、、これも神様の采配かと思うと、さらに違った緊張感が増してくる中、まずは3人で乾杯の後からいきなり神祭の話。

「まず手伝って下さる(祭りの依頼があった)神様の名前を挙げるから。」

出てこられたご神名は、昔からさんざんお世話になっている方々ばかり。

スサノオ様
櫛稲田姫様
菅原道真様
宗像三女神様

そして、少彦名神様も手伝って下さるとのこと。

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令和の慰霊祭 ①

令和2年1月26日。

師の三年祭を当時自分たちが拠点とした神社で行おうと、数人の兄弟子たち、そして今現在、神祭を一緒に行ってくれている仲間内に連絡してしめやかに執り行わせて頂きました。数人で持ち寄ったお供え物を供え、祈りの後、お墓にいってまた祈る。

師匠はこの世から居なくなったんだ、との改めての実感と・・・お墓は山の頂上付近の海が見渡せる場所にあり、青空と海の碧と山の緑の美しさに心奪われながら、周りをみればここまで付いて来てくれる、、、、まぁ、自分の徳ではなく師匠の徳なのですが(汗)、、、、、神祭仲間をみて内心、感動していました。

この日、実はこの神社で行う三年祭りの、みんなに隠していたもう一つの「理由」があって。

その理由を書くには、少し時間を遡ります。

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西の岩戸神祭⑯

つづき。

その時の神示は探さないといけないので、先に経緯と結果のみ、お伝えしておきます。

彦山で繋がった神さまが通る道は、海へ続いていく
今後の地震と、それに伴う津波を少しで減らす為、和らげる為に
岩戸の力はこれからも、海を伝って北に向けて日本を守ってくれる

この様な内容だったと思います。

具体的な内容は、

・糸島の櫻井神社に行く。そこは海嶺界と繋がった扉があるので、開いて貰う
・芥屋の夫婦岩の大鳥居に行き、そこから海に向かって祈ること

祈るのならば、やはりここは日頃、満潮時には海に浸かっている大鳥居の下から祈りたい。

干潮の時間を調べて貰い、そこから逆算して海に行くのは夜中になってしまいました。

それでもY君は車を出してくれ、大阪さんはわざわざこの日の為に再度、大阪から駆けつけて下さる。

定刻となり、まずは櫻井神社へ。

境内で祈らせて頂き、そのまま拝殿・中殿・本殿が三つ並んでいる櫻井大神宮へ足を運び、祈りを通す。

神様の許可を頂き、芥屋の大門 大鳥居へ移動。

お酒を一升、海に流し大鳥居の下より三人並んで祈りを通す。

すみません、急ぎ足になりましたがこれで「西の岩戸神祭」は終わりです。

また記憶が定かではないので、再度、Y君やAさん、大阪さんに確認して間違いがあれば正しておきます。

今日は、祈りの為に山に登ってきました。

この話はいつか機会があれば。

今は台風19号の自然災害の被害報告をニュースで観る度、心を痛めております。

被害に遭われた地域の皆様、お見舞い申し上げます。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

西の岩戸神祭⑮

つづき。

その頃の師の容態は、全体的に悪くなりながらも良い状態と悪い状態を繰り返し、それでも神祭が無事に幕を降ろし、今から立ち寄って良いかと電話確認をした時には嬉しそうな声を出してくれていたと記憶しております。

本当に体が辛い中でしょうが、昔と同じように笑顔を絶やさず迎い入れてくれる。

大きな神棚と、大の大人が5人も入れば少し窮屈になる部屋の中で、、、、、その時の会話は残念ながら、ほとんど憶えておりません。

が、今日はそれで良かったこと。

その言葉を聴いた瞬間に、ホッとしたのか一気に疲れが来てしまって、その後の記憶は全くなく。

その日、大阪さんは福岡で予約してくれていたホテルに泊まり、一同解散。

ちなみに次の日は、Y君と大阪さん、再度師の宅へ帰りの挨拶をして来て下さった様でして。

残念ながら、わたしは仕事でしたので案内をY君に頼み2人だけの時間を過ごして貰いました。

次の日か、数日経ってか。

一通り、参加して下さった仲間に異変がないかと電話を掛けて確認した所、Y君と大阪さんから出た一言が、今でも忘れられません。

「おじさんが2人にお逢いするのは、これが最後かも知れん。」

言葉の通り、2人が師と逢ったのがこの日が最後の日となりましたが、ずーっと長々とそれぞれに筆書きをして下さったようです。

最後に、

「まだ祭りは終わってないかも知れないね。」

その言葉を2人から電話で伺いました。

直接、お礼をと思い数日後、お見舞いを兼ねて師の宅へ伺ったところ、

・お前は良い仲間を持って幸せだな。2人はきっと良い神祭仲間になって下さる
・おそらくこの祭りはまだ終わってはおるまい。いずれ連絡が来る

この二言だけ聴いて、長居はかえって師の体に障ると思い、家をあとにしました。

それから日を空けて、師の預言通り次の祭りの指示が来ました。

つづく。

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