神筆トップ > アーカイブ > 2026-08
2026-08
出雲神國之御祭⑮
つづき
ここでは祈りの途中(もしくは山神供養が終わってからか)、数人の参拝者がいらっしゃいました。
自分達の祈りは長いので、一旦、祈りの場を譲り身をひく。
参拝者の方々の邪魔にならないように、またここは想いを途切れさせることなく集中して祈りたかった理由もございましたが、、、、山神様の供物は並べたままでしたので、参拝者の方々も何かあるのかと驚かれたことでしょう。
神示 洞水
古を紐解けば、偉大なる神の御心によって
多くの者が生かされ、多くの者かこの世から亡くなり、
それを今もなお見続けせめて苦しき想いあるものには
痛めた部分を施しやすらぎ鎮め、
荒ぶった魂もつものも静かに慰撫し、
いづれその者達の基あって平和な世がきますと
口々に申してみても、今の世をみて心騒ぐは
私どけではありますまい。
此度は改めニニギ殿に立って頂きニギハヤヒ殿と
つながります祭り、私一人では限りあっても多くの
集いし神の力を集め説得して、
私の社はこの地のヒナ形こわれかけ、
またそなた様達申す結界とよんでおるもの敷きなおし、
心おだいに安らけくシメナワ張り直した事にも
ございます。
少し間をおけば別の神々も口を開かれましょう。
まずはご苦労様と申し伝えましょうか。
八女津
神示 Y
さて、このたびのそなたらの事挙げ、思いしっかりと届いておるよ。肩肘張って力入れることはないが、気楽にするというでもない。其方が先日申したように、時には強い思いで先につないで行くことかの。そなたが心配せずとも思いある人は育まれておるし、其方らの思い、神々の思いは波のように伝播してゆくもの。一つ一つ手伝うてもらうことあるが、共に歩んで参ろうぞ。今日の決意、思いわすれずにそなたの真ん中におること望んでおる。
ニニギ
この地を治めて長い年月が経っております。人は生きている以上、争いは絶えることなく、現在でも戦いの形は変われども、血は流れております。戦いの形は変わっても、理由は変わらず、心変わらぬかぎり終わることはありません。其方らの平和を思う心、数少なくとも持ち続けてください。人を愛し、自然を愛し、他を思う心育めば、その事が己の幸せにつながること覚えていてください。
八女津姫
神示 洞水
さての、いくら尻を叩いてもなかなか進まぬが
今の時の、人の特徴とでもいうてはおくが
そう事態や時代は笑って済ませられる
ものでもなくての。
結局は、誰かが紡がねば先には進まぬしの。
それを誰かがやるだろう、己ではなかろうと時々、
心で浮かべては過ぎれば早い人の世を想い残して
去るのもひとつの罪といえばそうなるが。
洞水にいくら頭を柔らかくと申しても、
心だけは豆腐のように柔らかくし過ぎて、
これではいづれ形もなにも崩れようしの。
しかし、頭の芯はまだ固くもあり、
この前の集まりも遠くよりは眺めみておったが、
神との祭りとしても冷たく申せば、
鶏が先か卵が先かと、それぞれが己の頭の中身を
広げ知識を持ち出し、まこと無駄な時間を流して
おるだけの話での。
神の祭りとは、未来でもなく結果でもない。
いえば、己らの魂の熱量によってかたまれば散り、
散ればかたまる雲のようなものでの。
それでも1人1人の心をみれば、
寒さに身をかためながらいろいろな己の理屈を
こねてもそこには春のそよ風も、
熱き魂を焦がす熱風も感じておること違いなく、
ここまでわしが口を開くにはぬしらを信じる
心もあって、また真の神々の光を通すに
ぬしらの魂しか見当たらぬが良いか悪いか、
まことの話での。日が昇れば、
また新しい力も加わってこようし、
今は大切な時、風邪だけはひかぬよう
あたたかくしておくことじゃよ。
天神さて山本殿、己の生きてきた道のりの意味を知り、
高江殿、己の魂の力の出口を知る。
赤穂殿、己の広さを知れば高さも自然、
ついてくる。今はそれぞれ加えるよりも、
洗い流して祈りの中で素の心を見つけだせば、
また光り方も変わり照らされし道も家族も
変わってこようて。
今はそこまでしか話せぬよ。
天神慌てぬこと。考えねばならぬが、
考え抜いて気づける頭ではあるまい。
迷えば、のんびりと自然に心を浸せば、
そもそも初めよりあったことに気づく。
わしのように頭をからっぽにすればよく、
考え疲れ想いつかれても行く先が
同じなら時々は行き方に頭を使えよ。
久延彦わしはの、ぬしらが想像もつかぬ昔より
待っておる。
それだけしか今は伝えぬ。
ニギハヤヒ時が急いておる時。神々は、
あなた様たちを想うて急くなと
伝えくれておることのみ。
人である以上、亡き人の念に惑わされるのは
世の常でございましょうが、
では肉体もって生きているあなた達と、
肉体なく思念体のみの人との差とは、
動けるか待つのみか。何かを与えられる
存在であるか、何かを求める存在か。
生み出すものか、受け取るものか。
決してその存在は、ないがしろには出来ませぬが、
知恵だけはお貸しいたしましょう。
情の水を注ぎつつ、それぞれの者、
その器のカラクリを学びなさい。
弁財天さてさて、情はかとう閉めて錠をまもる。
緒方の性格はぬしらが一番よう知っておろう。
緒方よりはじまった祭り、
わしが残した塩の道とは怡土であり、
一本の白い糸での。見事つかんでみせよ。
塩クモというてもクモではない。
わしよりみれば暴れる南の龍神での。
またこれも龍神である八大龍王殿が
今はおさえておるでの。
日が傾く14の時が限刻だとおもい定めよ。
ご神名なし
出雲神國之御祭⑭
- 2026-08-20 (木)
- 神祭
つづき。
八女津媛神社 御祭神 八女津媛神
[お供物]
榊、俵おにぎり(竹包)、お煮しめ、お茶(5杯)、味噌汁(5杯)、水(5杯)、酒(5杯)、
沢庵漬け、塩を社殿四方に撒く。
日向神社から車で松瀬(まつぜ)ダム沿いを走ること15分程度。
この松瀬ダムは日向神(ひゅうがみ)峡の切り立った断崖や豊かな自然に囲まれており、荒々しい岩肌と静かな湖面が対比を成す独特の景観が、丁度、今までが順調に進んでいる4人での安心感と、今から八女の守り神の本拠地(八女津媛神社)へ足を踏み入れる緊張感があわさり、この感覚だけは昨日のことのように覚えております。本当にこの4人で良かった、心の底から思いました。
神社に着きましたら、右側に覆いかぶさる岩壁と日光を遮るほどの深い緑に囲まれ、境内全体が独特の静寂と神秘的な雰囲気でした。その中で普段はなかなか働かない自分の霊感も、間違いなくこちらをジッと凝視している山神様たちの視線を感じ、まずはその場で可能な限りの供物を並べた山神供養を行います。
言挙げ
日々にお力添えとお導き、誠にありがとうございます。
本日はここに洞水、Y、T、A、4名の者が縁ある者らの想いと一緒にお祈りさせて頂きます。
先日より、塩のおおおじの大神様より連なる、天神の大神様をはじめ多くのご縁ある神々様よりR殿を通じて、この日本の地に起こる地震、そこから起きる津波からひとりでも多くの人が
助かること。またそこから乱れ荒ぶる人の心を慰撫し、鎮めて頂くこと。今の乱れに乱れた国内の情勢、それに合わせた外国との関係性の可能な限りの修正。その知らせを頂き、
二宮神社の事代主様・猿田彦様よりはじまり、八大龍王社・細石神社・若宮神社の磐長姫様・この花咲夜姫様よりはじまり、宗像大社の宗像三女神様、波折神社の瀬織津姫様、志賀海神社の綿積見三神様、日吉神社の少彦名様、伊都神社のニニギ様、別所山神社の久延彦様をはじめご縁ある神々様に心からのご挨拶と神々様願うよき祭りとなりますように無事に祈らせて頂きましたこと、まずは心から御礼申し上げます。本日は、自然災害から一つでも多くの命を守り、心を慰撫し、内より外よりこの国を守る為の祈りの区切りのご挨拶と共に、4月3日より私どもの時代の岩戸が開く、そこから塩のおおおじの大神様、天神の大神様をはじめ、そこから連なるご縁ある神々様の願う世へと微力ですがお力添えをさせて頂きたく、その覚悟と決意表明としてまずは洞水、Y、T、A、4人、力と心をあわせて微力ですが祈らせて頂きます。
振り返れば今の私ども人間は、神々様の日本民族やこの国の平和、そしてそれを包み育んでくれる大自然の営みへの温かい温情や命を削るご尽力を忘れ、そのご恩の上にあぐらをかき、また開けた国、文明社会と謳い行き過ぎた思想と、その裏に隠された我欲と申しますか人間だけ便利な世の中であれば、また自分や家族、知人だけ平和で豊かであればとの想いを心の奥底で包み込み、今こうして蓋をあければ腐臭が漂い人の心は現実的な化学物質と精神的な我欲で汚染され、そのくせ身分不相応の欲をもって神々様のご苦労や真の想いの一滴も考えることなく
更なる我欲を押しつけ、祈り通そうとする浅ましい人間に成り果ててしまいました事、まずは凡人どもの集まりですが代表してお詫び申し上げます。ただひたすら純粋に、己の職分をまっとうし、それぞれの責任を背負い、今のこの世・この時代をつくる一人の人間として朝日が昇れば今日のはじまりの一日に手をあわせ心を燃やし、日が沈めば今日のおわりに感謝し休みにつき、目にみえる隣人も、目には視えぬ世界も信頼と愛情をもって助け合い互いに手を取り合い、すべてのありあまる力も心のエネルギーも開放し、出しつくしてこの世を去る。その姿と注いだ情、耕した国は、次の代に継がれ新しい種が撒かれる。それが本来、あるべき人の姿だと考えております。しかし、その想いや理屈だけは三人前ですが、常々と頭で理解はしていても、感謝を口にして申し上げましても所詮、私共も平凡な人間の一員、考えは己の立身と家族を食わせねばならぬと生活の糧のみに心を奪われ、それを言い訳として本来の人間らしい道を歩んでいるとは思えません。
ふとした瞬間に心をよぎる、説明のできない寂しさと侘しさ。魂の記憶。口に出して説明するのも難しいのですが、このままではいけないと常に警告の鐘は鳴り響き、それをどこかで感じながら歩んでいる私どもでもございます。
その中にあっても、神々様、そしてご先祖様や親に対してのご恩、今この瞬間の心、そして先の時代の子ども達の笑顔を忘れることなく、もう一度神々様と共に歩ませて頂く機会を頂戴したく、今日ここに祈りを挙げさせて頂きます。
年だけはいっても、まだまだ中身は若輩者で未熟者ですがこの想いを心の底で貫き、時に手となり足となり、共に歩ませて頂くことをこの人生の小さな尊厳としてまっとうしていく覚悟でございます。どうぞ、私共のささやかな祈りではございますが、お受け取り下さいますよう、心よりお願い申し上げます。 一同
出雲神國之御祭⑬
3月29日(水)
八女は遠方の為、朝7時に待ち合わせ。自分、Y君、Aさん、T君。
先にご指示があった通り、神社に向かう前にまずはその地に鎮まる八女津媛様を守られる軍勢の方々にこちらに敵意がないこと。
まっすぐに祈りを通させて頂くこと。その許可を含めての、供養(山神様供養)となる。
長年、神事に携わっていても初めて名を聞く「八女津媛様」。
その名の通り、お茶で有名な八女の地域を守られ、Rさんのイメージでは四神旗(朱雀・玄武・白虎・青龍)がみえ、そこから紐ほどけば四神旗は中央に位置するものの威と、周りの場の結界を意味し、その八女地方において何か重要な役割を持たれた神、おそらく当時は強力な軍隊を持たれ、前述したようにその軍隊があの世(神世?)でも未だに八女津媛様とこの地域に誇りをもって守っている。・・・来るものを拒む。
出雲神國之御祭⑫
つづき。
3月22日
八女に行く前に、漏れがないようにY君と一緒に「別所山神社」の久延彦様へご挨拶も兼ね、八女行きの成功を願う。それぞれ仕事があり、現地で待ち合わせとさせて貰う。
以下、祈りを終えてからそれぞれが久延彦様にお言葉を頂く。
洞水筆書き
さての、桜きれいな季節じゃが、
これより先は物見遊山とはなるまいの。
己の我欲があれば、それに連なりし神がつき、
己の欲以外で歩めばそれにみおうた神がおる。
人は人としてあればそれで良き事じゃが、
冷たく申せば人もそれぞれ、
その時の感情もそれぞれ、それが人での。
しかし、これだけは言うておくが、
今より踏み込む道は後戻りはできぬ道。
その心を持ち次の神に会わねば、神に会えても、
想い通じても言葉拾うてもの。
それは真のこの国の先を思う神とは違うての。
では、それは魔やぬしら思う邪な神かと言えば
それも違う。いえば、想いの違う、
古の神々と言うてもよかろう。
天を見上げすぎれば、足元救われ、
足元見続ければ道に迷う。わしはの、ぬしらに
穴に落ちて欲しくもなく、道に迷うて欲しくもなく、
今日は手招きしたまででの。まずは信じることかの。
本気で己自身の芯や根を信じる者のみ、
わしも時々で声をかけさせて貰うでの。
久延彦
Y君筆書き
さて、色々と悩み、悩んでおる様じゃが、
考えたところで答え出るものでもあるまい。
人はその時々で、同じ者でも別の者の様に
考え変わるもの。
右往左往しながら生きておるもの。
己信ずることできねば神信じることできぬ。
反対も同じこと。
火のように強く思うても長続きす?ものでなく、
流れ続く水の様な思いというかの。
力まず、しなやかに流れを変えながら歩むことかの。
しかしその流れは一本の流れ。
枝別れせんよう本流を流れるが大事。
そなたら別れることなく本流を流れてほしいもの。
久延彦
出雲神國之御祭⑪
- 2026-08-18 (火)
- 神祭
つづき。
2023年3月18日
Rさん 「伝えてなかったが、八女はたくさんの軍隊が見える。これは行った際、やられんように気をつけてくれ。」
数々の参拝を終え、着々と準備は進んでおりました。上記のRさんの助言は的を得た話で、この狭い島国は戦いの歴史。実際に本土で戦死者が多数でたのは、皆さんもご承知の歴史ですがこの国を守って、または源平合戦や群雄割拠の時代もそうですが、自身の国や村、人や家族を守って亡くなられた方の数を含めると途方もない数になります。
源平合戦 約2万〜5万人
蒙古襲来(元寇:文永の役・弘安の役) 数千〜1万数千人
安土桃山時代・戦国時代 約30万〜50万人
幕末・明治維新の動乱 約3万人
日清戦争 約1万3千人
日露戦争 約8万8千人
第二次世界大戦(日中戦争・太平洋戦争) 約310万人
あくまでも大まかな数ですが、今この時点でどれだけの数の無念の想いを残されて今もこの世に残っている幽霊さん達が存在しているのか、、、、、もちろん、一言で「無念」と言っても、戦であればそこには滅私奉公、私利私欲を捨て自分以外の為に亡くなった数の方も多いでしょうし、また反対に気づかぬ内に同調圧力に巻き込まれた方々も。
どちらにしても自分たちは手を合わせるのみで、それぞれの魂、死んだ後は安らかに眠って欲しいと願うばかりなのです。
但し、そこには自分たちが行う神祭となれば、またそこに亡くなられた後も魂の違う行き道は発生し、亡くなられた後、「神仏の近くで修行したい」と思われる方々は山や川、自然のなかで今も生活し、いくら神様のお祭りだからと勝手に足を踏み入れれば、、、、やはり攻撃されるのは自分達だと自覚しています。その為に、自分達の正義を主張する訳でもなく、何かを守りたいとさまざまな理由で命を落とされた方々に畏敬と心からの感謝をあげながら、自分達は自分たちの「欲」や「正義」を決してその方々とぶつけないように、さらりと通すしかなく、その為にはやはり『守りの力』も必要になってきます。
実際、神々様とご縁を頂き26年経った中でも、何がどこで間違ったのか山神様方々の逆鱗に触れ、人生の落とし穴に落ちたり、道を踏み外した多くの方々をこの目でみて参りましたし、自分自身も何度、やられてきたことでしょう。その都度、師匠に手を掴んでもらい、掴んでもらった手を引っ張りあげて頂く日々。
「同じ人間同士」と見なしているのか、こういう時にがっつり守ってくださる神様も多くはございません。
そんな時は、特別にこちらも「守りの力」を大きく強く持っていかなければ、、、、、特に普段はちゃらんぽらんに生活している自分なんて、目の敵にされているのは確実ですし、弟子入りしたての頃は、「神様と同じぐらいにご先祖様を大切にしろ。」と口すっぱく言われておりました(-_-)
今回はことのよしを告げ、特別に「大日大聖不動明王と呼ばれておる存在が近くにおるで、しっかり守りを祈っていくこと。」と神様に教えて頂き、早速、参拝ルートの中に組み込む。
メンバーは自分を含め、Y君、Aさん、T君。久しぶりに4人が揃うこととなり、自然と緊張感とテンションもあがっていく。
つづく。
神筆トップ > アーカイブ > 2026-08
- 検索
- Feeds
- Meta
- 神筆携帯版
-
- カウンター
-