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五柱の神の祭り 八 ー心と形ー

  • 2014-08-19 (火) 17:48
  • 神祭

づつき。

「二人揃って、どうだった今日の神社参拝は?」

「はい。気持ちよく祈れましたし、きちんとお言葉をいただいてまいりました。」

「・・・そうか。それでいいと思うよ。」

Y君は二度ほど師と面識はある方ですが、、、、胃袋に何も入っていないせいか、疲れからか、そんなに多くはお話しなかったようです。最後にY君と師があったのが7年前・・・・・それでも師はY君のことを覚えててY君はビックリしておりました。

「今から本祭までの予定はどうなっているんだ?」

「はい、あとは五十猛様でしょ~?飯盛神社はウチから車で近いので、最悪一人で祈りにいきます。やっぱり礼儀は大切だと思いますので。水の神様は、代表して瀬織津姫様にお願いしたいと考えております。津屋崎の波折神社に今回は行こうと思ってます。」

「うん。それでいいと思うよ。」

「あとは、大国主様。この神様で一通りの参拝は終わりなんですが、この神様の分魂がどこか近くの神社でないかなぁ~と今、インターネットで探している最中でして・・・・・・・・・」

「お前さん、大国主様に挨拶にいくのか?」

「・・・・・えぇ、ですからとりあえずインターネットで近くに大国主様がいらっしゃる神社がないかと今、調べていたりして・・・・・・・へへへっ・・・・・・・・・」

「大国主様といえば、やっぱり出雲大社じゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・??」

『出雲大社』。福岡から夜中に出発して6時間かけ、祈ってはすぐ出雲の他の神社に祈るか、この一社だけで折り返し福岡に戻るか、という強行軍をなんど繰り返してきたことか、、、、、、思い出すだけでも、良い思い出も悪い思い出もいっぱいつまった、忘れられない神社です。

今では神社ブームの到来で行かれた方も多いと思いますし、全国あちこちから参拝者さんが集まる日本を代表する一つの神社、『強行軍』なんて大げさには言えませんが・・・・・・それでも運転がですね、、、、、、もうキツイんですよ、歳を追うごとに。神社参拝時の師は鬼のように気合い十分で妥協を許しませんから、休憩もさせてくれなかったりするし(汗)

「・・・・・・え?すみません、出雲大社にいかなければやっぱりダメなんですか・・・・・??」

「ん?お前さん、本気で出雲までいくつもりなのか・・・・?」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。。。。。」

確か以前にいただいた師からの筆書きには、(大国主様や五十猛様は洞水、それぞれわしらの命でその方々の社を心から礼をつくしておろうしどこからであっても命かけるほどの祈りとおしてくれればすぐ下さってくださると思うが、)・・・・・・・・・・・って神様はおっしゃってくれていたはず・・・・・・・・。

まぁ一瞬、迷いましたよ。正直、五十猛様と大国主様は最悪、家の神棚から祈らせていただこうとか甘いこと考えておりましたからね・・・・・・・

「・・・・・いや、行きますよ。出雲大社、行かせていただきます。」

「お前さん、本気で行くのか?」

「はい。とにかく全力で誠意を尽くさないと。」

もうここまで来たら退くことはできませんよね。

師もどこまで真剣に話しているのか不明だし(自分から言い出しといて、行くとなったら一人でビックリしているし)、Y君は黙ったまま、今の話を聞いております。そこから・・・・・・本当に神様には申し訳ないのですが、頭の中では神様の求める供物は、いつ決行するのか、供物代はどこから捻出して、高速代にガソリン代に・・・・・・・・・京都に行っておいて良かったぁ~・・・・・あのお金、まだ嫁に渡してないよな、うん、大丈夫・・・・・・・・・・

・・・・・人間、悲しいですね。どうしても考えてしまうのが、お金の計算なのです。。。。。

行くと決まればさっさと腹をくくって一番良い計画を立てるしかない。

これが神社参拝の峠だと心に言い聞かせ、その日はY君とご飯をたべて祭りのこと・副祭主の内容などを話しながら家に帰りました。来週からはお盆に入る日。実家の墓参りやら、嫁の実家の墓参りやら、そこにあらたに出雲行きやら、神祭に集まってくださる方の手配やら・・・・・・・・・

実はこの日まで、Y君には副祭主の件をどう説明しようかと悩んでいたのですが(決して忘れていた訳ではない)、師の方から

「Yさんは副祭主として、祝詞ぐらいはあげられるのかな・・・・・?」

「・・・・・え?自分が”副祭主”なんですか?そもそも副祭主ってなんですか??」

なんて思わぬところから話が進んでくれたので楽は楽でしたが(笑) もう一つ助かったことは、名古屋からは視えない存在に対して絶対的な謙虚さをもたれるSさんを、神奈川県からは祈りに心が通じそうなOさんを、このお二方に福岡に祈り手として神祭に参加していただくことを承諾してくださったことでした。

このお二方は急な依頼にもかかわらず二つ返事で祈りを引き受けてくださり、神祭は朝が早かったのでわざわざ前日より一泊で福岡入りをしてくださって本当に感謝でした。

(よし。もうここまで来たらあとは全力で突っ走る!)

どこか諦めというより、、、、、まぁ諦めに近いものがありましたね。気力が満ちた諦め。

(それが自分の祭りだろうが、神様が喜ばれる祭りだろうがなんだって構わない。今はどれだけ目の前のことに心を集中させられるか、だけの話だ)

あんまりこんなこと、書きたくなかったんですけどね・・・・・・・

今までさんざん祭りをやらせていただき、一人で行った祭りもございましたが蓋をあけてみれば「お前を成長させるため・・・・・」とか言われてしまった時の、あとに残る虚脱感。

「神様が少しでも喜んでくれたら・・・・」と口ではいいつつも、わたし自身の信心にどこか”自信”があって、それに依存していた部分を意図も簡単にひっくり返された時の情けなさ。

「わたしが成長するまで(家庭をもつまで)祭りはやらない!」と啖呵をきってしまった流れにつながってしまうのですが、結局は自分自身と向き合えず(気づかずに) 自分の心底にある「神様への忠誠心」を神様そのものに否定されたような気になって、傷ついてヘソをまげていただけのわたしがいたことに気づかされました。上手にわたしの中で変換していたのでしょうね、、、、、、、

愛する人(親)にほめられたいと勉強頑張って、そこそこいい点とった答案用紙をみせたら一言、「あなたの為だから、次もがんばってね。」的な・・・・ 「勉強してもたいして意味はない!」と上手に変換していじけた人生を送る子供のような(笑) 親のいうとおり、本来は自分のためにあるんですけどね、勉強って。

同時に、精いっぱいの愛情をこめて人間として霊台として育ててくれた師がこのセリフを聞いた時、どんな思いだったのかと想像しました。「お前さんがそう思うのなら、それで良いよ。」と、前立線癌も末期にはいり薬も効かない・手術もできない中で、バカな弟子ですが15年も息子同然に愛情を注いでくれた親にたいして言うセリフではなかったと今では後悔しております。定職につけなかったのも、嫁が得られなかったのも全部わたしのせいだったのですが、、、、、、

霊台とはそもそも神様の道具でしてね。冷たいようですが神様が「役に立たない」と判断された時はたった一瞬で神様はいなくなりますし、たった一瞬で人生が崩れてしまう。そういった仲間内もたくさんみてまいりました。

40年以上、神様の壮大なあたたかさややさしさ。同時にもたれる冷たさ。人間世界の悩みに埋もれ、人の相談にのり、すべてを含めた人間のはかなさを一番肌身で感じてきたのは師ではないでしょうか。

わたしたち弟子は、訳もわからず人とは違った能力があるから。若いから。神様のお役に立てているから師や神様からかわいがってもらっているとどこか錯覚してしまった兄弟弟子も少なくありません。師が真剣に情を注いでくださるのは、おそらく参考になる組織もなく、その時々で仲間はいても一人で責任をおい神様と向き合ってきた経験と実績があるから出来ることもあるのでしょう、、、、、、、すべてにおいてわたしには到底できません。

無駄話が長くなりましたが、先に進めます。

つづく。

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