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五柱の神の祭り 拾伍 ー玉石とは?よい祭りとは?ー

  • 2014-09-25 (木) 18:41
  • 神示

つづき。

話がまた前後してしまいますが、アップしていなかった筆書きをここで。

途中、「更新を待っています!」とありがたいコメントもいただいておりますが、祭り前までにいただいた筆書きの量は実際にはかなり多く、実は時間の合間をぬってアップできるものと出来ないものを別けておりましたので時間だけがすぎてしまい遅くなってしまいました(汗)

あまりも個人的なものやら、自己判断で「これはブログで書いちゃダメでしょ、、、、、」というものは省いておりますので、ご理解とご了承をお願いいたします。ただし、書かれた内容はほぼ原文のままアップしております。(このお問い合わせもあったのですが、進行上必要な言葉と、個人的な内容が被ってしまっている神筆は、「中略」 とさせていただいております)

「”よき祭り”とは一体、どういう祭りのことですか?」

さてよき祭りとは、この国のもとわしらと呼吸をあわせわしらと共に、一人一人の心のあらわれ。そこにぬしらの想いと練りあわせ共に気づきあってのわしらの、わしらとの祭りでもあったがの。なかなかそのしらべも届かず、一足先に塩の神、他の神々と話おうてまずは神のはかりとはからいあって準備いたしておったことじゃよ。そうする中にもこの国の有り様大きくかわり、そこに人のあり方も大きくかわり、しかしこれが神のはからいわしらの役目というても一番の恩恵受けつづけておるぬしらの玉石がなにも変わらずでは意味もそうあるまい。こちらの準備はほぼ整いて、意思をかためて人の心に伝う祭り。

伊勢と出雲は衣を替え襟をただし、血のつながる皇族、いえば皇御祖神の流れとの、古きは出雲族よりはじまりた出雲の社守る神仕えのものもあわさり、ここで人の世はめでたいと手を打ちたたき、さてそれだけで終わるようであればわしらの役目はまだ果たせぬでの。

神世のこの国の成り立ち、もう一度ヒモ解いてみれば、幾度となく国も人の心も練りなおされ固めなす修理固成のなかで、けっしてこの流れだけは止めてはならぬと五神ここに集われての。山でできたこの国の代表としての大山積見の神、この神の土を山より清められ山より湧きうまれたる水の姫神、この水を混ぜて泥となおせよ。固めるには塩の力なくば固まらず塩の神の力を得、五十猛の神の種とはぬしらにしてもそうじゃが次に続きてけっして幾万年と途切れぬようにとのわしらの願い、わしらの希望というてもよいがそれをあらわす種。そこに責任持ち、今よりの世をつくりあげ、こねていく神としてはこれは生きておる人間の役。今の世で申す神と呼ばれる位とは少し違うがその役は大国主の神がかわって申し出てくれておる。その泥の中心はなにかと申せば、これは神力でもなく霊能とぬしらが呼んでおる類のものでもなくての。

それはやはり、人としての心、わしが昔より申しておる玉石と呼ばれしもの。

この石はの、まことはかなく、あまたの色つきやすく、繊細でまた強き石。これを泥の中心に、いえばどこにあっても人の心、ぬしら含め多くの今より生きる人間の心のもといとし埋めこまれ、それをはじまりである塩の神の社へと鎮めてくれるまでが祭りとせよ。一人一人がその意味を知ること。決して目先のたわいもなき力比べでもなく本当の意味でもう一度、それぞれが原点に立ち返る祭り。しかしこれは決してこの部屋からはじまる者らだけの祭りではなく、これをはじめとしまた洞水、人と出逢う中でその時その時、それぞれの神々も力働かれようでの。

時はの、完全にぬしらと幽世もふくめて道がとじる前、今の暦の上での盆の時期前には終わらせれば、まずは生きる者々にとっては光となりし祭りとなられようし、これよりの神々にとっても共に歩きての大切な祭りともなろうしの。あらため、神と人の祭りとなろう。天神

昔はですね、他のブログにて 「神様にうかがいたいことを書いてください!」 と 『神様への質問箱』 なんて偉そうに書いたりしていたんですが、実はハードルが高かったりします(汗)

なぜなら神様・・・・少なくともわたしが存じ上げている神々様は、人間の単なる興味本位の質問とか正直、「どうでも良い」と言葉は乱暴になりますがその様に感じていらっしゃる神々様も多いと感じられるからです・・・・・(それでもお答えしてくださっていた神々様には申し訳なく、今では反省もしております)

そう考えるとやっぱり私は一般的にいう、「神と交信できる霊能者」ではなく「神祭、少しでも神々様のお手伝いをさせてもらう役目の人間」なんだなぁ~・・・・・と改めて自省することも多くあり・・・・・・・・日頃は人様の相談にのらせていただき、それを半分生業とさせていただいておりますが、これも「自分の役目だ」という想い(言い訳?)とそれでも時々、私の人間的な未熟さから人を視る仕事にクレームが入った場合は 「自分はいったい、何のために人を視ているんだ」・・・・・という葛藤が。

師にゴマするつもりはまったく、爪の先程度も、これっぽっちもないのですが(爆) これをきちんと分け隔て、公務員として生活を立て家族を守りながらさらに筆書きでも「神様のための筆書き」と「人のための筆書き」を両立させている師がほんとうに凄いと感じます。

・・・・・・それには人間的な成長がまだまだ足りず、あと3歩、、、、といわず30歩でも、100歩でも今からの人生をかけて踏み込みたい領域です。

祭りはまだ終わりません。

祭りの最後の仕上げは、捏ねた泥の塊を塩の神様の神社に埋める。

そして、最後の最後の越えないといけない壁は「師の家」でした。

つづく。

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