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五柱の神の祭り 六 ー京都にてー

  • 2014-08-19 (火) 2:49
  • 神祭

つづき。

京都での約10日あまりは楽しかったです本当に。楽しかったといえば、相談者の方がいらっしゃる限り失礼な表現だとは思いますが、それでももうお付き合いも何年もたってこられた方々との会話、現状の報告、ここでこうして離れた地でお逢いすることもなかった方々と共有できる時間・・・・・・その記憶はいつか、本当にいつかは逢えなくなるとわかっていても、わたしの人生においてかけがえのないものです。

毎晩のように嫁には連絡をし、体調と子供の様子をたずね、師よりは生業はうまくいっているのかと心配の電話を何度かいただき・・・・・・・いつもと違うのは、出張鑑定が終わってからが大変だ、、、、、という動かしようのない事実。

いつもは突然のキャンセルがあっても、心のどこかで 「気分転換に本でも読もうか、外に散歩しようか」「ラッキー、30分は寝れるぞっ!」・・・・・・なんて呑気な時間をすごしているんですが、今度ばかりは時間があればネットで神社を調べたり、祭りに参加してくれそうな方をリストアップしたり・・・・・・・・・

ほんとうはその時間だけでも、無理は承知で一社でも福岡に心はもどって神社参拝したい気持ちでしたが、一番厄介なのが「人様を視るためにお言葉をいただく筆書き」と「神祭の筆書き」がまったく違う、、、、、といった点でしょうか。

ふだん神々様は人の世話より世の世話の方がお忙しい方々でして、、、、、”霊能者” として人の相談にのらせていただく内容は、わたしにできることは霊界関係(因縁や祟り)など。それは世の世話をやいてくださっている神々様からすれば、あまり関係されない・・・・・というか気にされないというか・・・・・・それを含めての、「人間社会」のことと割り切っておられる神様が多いので、それを解く必要性もないのですね。同じ、自動書記の通信としても180度筆の方向が違うのです。

できることなら空いた時間に、少しでも次の参拝神社のことやら本祭りでの準備するもの、供物、いろいろとお訊ねしたことが山のようにあるんですが、ピントをあわせ間違うと正しい祭りが正しくなくなる可能性やら、人様の相談ごとに置いても当たり前のことしか書けなくなると(本物の神様は当たり前のことしか言わない・言えない)相談にのらせていただく意味がなくなるし・・・やらで・・・・・・・ここがいわゆるわたしが感じる、『生まれもっての霊能者』 と 『神祭の霊台のために作られた霊能者』との大きな違いですね。どちらが損か得かはわかりませんが、わたし的には霊台(神祭としての道具)としての能力でよかったと心からそう思っております。

なかなかこういう機会がないと普段は兄弟弟子の方々と連絡はとらず、京都の仲間と連絡がとれなかったのは残念でしたが、無理なものは無理とあきらめるに仕方ありません。

京都では丁度、祇園祭りの真っ最中で「どこに行っても神祭からは逃れられないという呪いか何かかなぁ・・・・・・」なんてこじつけては複雑なおもいもございましたが(笑)それでも楽しむときは楽しみたい、人間だもの・・・・・をもう一つの信念としているわたしは鑑定が終わったらすぐさま福岡に戻らず、嫁の許可をもらって大阪で知り合い、わざわざ京都まできてくださったIさんや、全国でお世話になっているS夫妻と食事を楽しみ、京都のもう一人の兄弟弟子になっております兄貴と慕わしてもらっている方と恒例になっている温泉旅行を楽しみ、海で泳いで背中を焼いたり、貝をとって遊んだりと・・・・・・・・・・・どの方々もわたしの「神様漬け」の日常から解き放ってくれひと時の癒しの時間を与えてくれるありがたい方々なのです。感謝。

たくさんの自然を感じている中でも、「神様=自然」ととらえればどこまで行っても神様からは逃れられないのですが・・・・・・・・

それでも、「神祭をさせていただく神様」やら「人様の相談にのらせていただく人間界・霊界」をはずして”原点”に戻れます。人の”素の心”なんてたやすいものですよ、だって自然に帰ればいろんなものや想いがそぎ落とされて残ったものは”素の心”しかなくなるんですから。

神祭の話に戻しますと・・・・・・・・

8月の頭には福岡に戻り、普段なら師への挨拶が一番最初なのですが、今回は一番の心配ごとだった嫁の体調と子供の様子をみにいきました。2人の顔をみるとやっぱり安心しますし、癒されますね(笑)

この後も気を抜くことはできず、お待たせしてしまっていた福岡の相談者の方々に時間の合間をぬってお逢いさせてもらいながら残す神社は大山積見様をぬかした4神様、4社のみ。京都にいる間に、ボチボチと神祭に参加してくださる心当たりの方をリストアップはしていたのですが、やっぱり心のブレーキ(神様のための神祭なのか?自分自身のためなのか?)がぬぐい切れないまま、月日がたっておりました。

「お前さんは本当に仲間だけには恵まれておるからね。周りの人に心から感謝しろよ。」

とこの度も何回も師にいわれたのですが、、、、、、わたしの疑問をぶつけても笑って答えてくれないだろうし、あとは自分で考えなさい。と言い切られた以上はヒントを小出しにしてくださるほど優しい師ではございません。むかし、神様にいわれ、今でも神祭に参加してくださる方々にはお伝えしているのですが、

『神祭とは人の祭り。神祭が終わったらそれぞれの人の祭りがはじまる』

ということ。きっとわたしにしても、今のわたしを超えるチャンス・・・・・・・すでに自分の中で自分の祭りがはじまっているのだろうという気持ちだけはございました。

つづく。

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